同じ穴の狢だらけ






 聞き覚えのあるエンジン音を聞いた気がして足を止めた。
 振り返り、俺は思わず片手で額を覆った。
 商業高校の通学路には似つかわしくない黒い塊が疾走して来る。俺と同じように下校中の生徒が何事だと足を止め振り返るのも当然と言えた。
 俺はそっと歩道の端に寄る。そのまま通り過ぎてくれ、という俺の願いも空しく、黒い塊は俺の目の前でその動きを止めた。周りの視線が一身に集まっている。頭が痛い。断続的な低いエンジン音が腹の底と一緒に頭も叩いているのではないか。
 怪物みたいに巨大な黒いバイク、それに跨る男も黒ずくめのライダースーツで、フルフェイスのメットを被っている。
 男は俺に向け、無言でヘルメットを放った。男が被っているものとは少しデザインが違うが、それはやはり黒を基調としていてスタイリッシュで格好いい。いや今はそんな事はどうでもいいのだ。問題はバイクに跨る男が早く乗れ、とでも言うように後部を指し示している事だ。
 正直、乗りたくありません。
 とハッキリ口に出す度胸はないが、表情にはしっかり出ていたらしい。苛立ったように俺の手にあるメットを引っ手繰ると力尽くで俺の頭に被せた。最早どたまに叩きつけられたと言った方がいいのではないか。物凄く痛い。むちうちになったらどうしてくれるつもりなのか。

「さっさと乗れ」

 ドスの利いた声に、逆らう気力は一気に削がれた。
 そもそもこの人に逆らえるわけはないのだ。
 肩を落とした俺の腕を掴み自分の後ろに放り投げる。放り投げるとか、ないだろう普通。と、思うが今まさに体験したそれは、そうとしか表現のしようがなかった。諦めて体勢を整えようとした矢先、男の愛車は獣のような唸り声をあげて走り出す。不十分な体勢から振り落とされそうになって、俺は男にしがみ付いた。というか、しがみ付くのが精一杯だった。

「ちょ、待っ…もっと丁寧に扱えないんすかこの人攫いーーーー!!」
「しっかり掴まってろ」
「言うの遅えええ!!」

 下校途中の生徒たちの好奇の視線に晒されながら、この事にどんな尾鰭が付いて校内を駆けまわるのかと考え、ちょっと黄昏てしまった。
 だって、視界の隅に田代が見えた。最悪だ。
 あぁ俺今なら登校拒否を起こす心境が理解出来るやもしれん。




「で、何なんですか?」

 何とか辿り着いた我が家。ご近所さんから妖怪アパートと呼ばれる、真実妖怪と妖怪以上に妖怪みたいな人間ばかりが住む寿荘の前で、俺は漸くバイクから降ろして貰えた。
 バイクの男―――深瀬画家は俺の脱いだヘルメットを受け取りながら肩を竦める。

「さっき、長谷が来たんだがな」
「そういやアイツ、今日は学校が早く終わるとか言ってたな」

 今日は金曜日だ。週末になると何か用事がない限りこのアパートにやってくる親友の顔を思い浮かべる。金曜の学校が早く終わるというなら、間違いなく授業が終わり次第飛んで来るだろう。そして日曜までまるで住人のような顔をして居座るのだ。
 だが事実、飛んで着たと思しき親友の愛車が見当たらない事に俺は首を捻った。

「あいつ、どこか行ったんですか?」
「着た途端に電話がかかって来て、出てった。ってか、玄関でクリの出迎えを受けた途端、だな」
「…えー…それって…」
「本家がどうのって言ってたからな、また暫く来れねえんじゃねえの?」
「……クリは長谷を見たんですね?」
「おう。抱き上げようと手を伸ばした瞬間だったぜ」

 何てタイミングだ。俺は頭を抱えた。せめてクリが長谷に気付く前だったらよかったのに。長谷をパパと慕い懐いているクリには酷すぎる状況だ。同じように長谷もクリを大仰な程可愛がっている。そのふたりを一本の電話が引き裂いたという構図は、傍から見たらギャグとしか思えないかもしれないが、何と言うか、目も当てられない。

「で、クリが泣きだした」
「泣いた!?」
「声はねえけどな。宥めても賺してもわんわん泣き続けるから、これはもうママにパパの責任を取って貰うっきゃねえと」
「なんて大人だああ!!ああでも連れて来てくれてありがとうございます!クリィィィィイ!」

 大慌てでアパートに駆け込む俺。画家の爆笑する声が聞こえる。ああどうせ俺も長谷に負けない「クリ馬鹿」だよ畜生何とでも言いやがれ。

 というか、クリの為にバイクすっ飛ばしてきたあんたも相当だと言ってやりたい。



 週明け、幼児を宥め賺す事に全力を注ぎ切り疲れ果てた状態で登校した学校で何故か俺は「ごついバイクのイケメンに拉致され口にするのも憚れるような調教をされ満身創痍で帰って来た」というわけのわからん噂が立てられた。あれだけの事からよくもまあそこまで尾鰭が付けられるものだと肩を落としながら感心したのだった。
 男子の同情が身にしみる今日この頃だ。














(あの子がかわいすぎるのがいけない)




「自覚」の冒頭で稲葉が画家に攫われた理由。