好きだと言って欲しかった







 何時も祖母に怒られていた少年がいた。

 悪戯好きで、口が悪くて、だがとても、優しい少年だった。
 母が亡くなり、父もまた母の後を追ったのち、泣く事を止めた少女を、何時も気遣っていた。
 気遣っている事を悟られまいと粗野に振る舞う少年の不器用さが、少女はとても好きだった。

 少女は、少年が好きだった。

 何時も傍にいて、一緒になって遊んだ。陽が落ちるまで草の上を転げ回り、泥だらけになって笑い合った。時には悪戯もして村の皆を困らせ、揃って祖母に怒られる事もあった。
 あたたかい日々だった。
 それがずっと続くのだと思っていた。



 その日々の終わりは緩やかにやって来た。



 この周囲の土地一帯を治める領主が少年を引き取りに来ると言う。
 そこで初めて、少年は自分の父親がその領主である事を知ったようだった。
 最初、少年は憤慨していた。体の弱かった母親を何故放っておいたのか。その母親の死に際にさえ顔を見せなかったのに何を今さらと。
 だが少年は無力で、少女もまた、無力だった。
 少年を引き止める事など出来ず、ただ見送る日が訪れるのを待つしかなかった。

 そしてその日はあっという間にやって来る。

 旅立つ前、少年は少女に花を摘んできた。
 少女と同じ名を持つ花。
 少女は突然の事に驚いて、父が亡くなってから一度も零す事のなかった涙が溢れそうになった。それに気付いたのか否か、少年は乱暴に少女の髪を掻きまわした。それがあまりに乱暴だったから、少女は遂に怒り出し、涙など何処かへ行ってしまった。

 会えなくなるわけじゃない、少年は言った。会いに来ると、笑った。
 少女の大好きな笑顔だった。
 だから少女も笑って頷いた。

 領主が寄こした馬車に乗り込みながら、少年は何か言い掛けたようだった。だが結局、照れたように笑うだけで言葉にはせず、じゃあなと言って生まれ育った村を出て行った。

 馬車を見送りながら、少女は少年の言い掛けた言葉に思いを馳せた。
 手の中に揺れる、少女と同じ名前の花。
 次に少年がここを訪れた時に、この花の意味と、言い掛けた言葉の続きを聞く事が出来るだろうか。
 少女はそっと花の香りを吸い込んだ。
 優しい香りに、頬が熱くなるのを感じた。




 もう会えないなどと、思いもしなかったのだ。




 何処から綻んでしまったのか。
 次に会った少年は、以前の少年とは何かが違っていた。同じ顔、同じ声、だが確かに感じる違和感。それは少しずつ、少しずつ少年を侵食して行って、やがて大きな歪みを生んだ。

 昔、優しく笑った少年は、もう何処にもいなかった。






 もうあの花の意味も、言い掛けた言葉の続きも聞く事が出来ないのだと思うと、悲しくて仕方がなかった。














エルハク好きさんにはスミマセン!
エルルゥとヌワンギのセットが割と好きです。
ていうか私、ヌワンギが好きすぎる。


臆病な10題