情想





「なぁ、なぁ桔梗!」
「何だい五月蠅い坊やだねぇ…」
「坊やって呼ぶな! あいつ、本当にここに置くのかよ!」
「天戒様はそのつもりみたいだけど?」

 突然の襲撃から、既に半時。
 怪我人の治療だの破壊された箇所の修復だの、村人相手に的確に指示を飛ばしていた桔梗に、風祭は食って掛かった。

 風祭は新参者の、あの態度が余程気に食わなかったらしい。不満げな顔を隠しもしないで、それは見事な仏頂面だ。

「本当に大丈夫なのか? あんな……わけの分からねぇ事言って御屋形様に反抗したんだぞ?!」

 あの男は、今までこの村の誰も言わなかった事を、言った。
 言わずにいた事ではない。
 きっと誰も、考えもしなかった事だったのだ。

『人が死んだ。それがそんなに嬉しい事なのか』

 当然だと思っていたのだ。当然の報いだと。それだけの事をして来た連中に、相応の報いが訪れたのだと。
 それは「権利」だと。
 返しただけだ。自分たちの受けた苦しみの、ほんの少しを。
 だが。

『笑うのか? 痛みを知ってる者が、死者を』

 皆、黙った。
 誰も、何も言えなかった。
 戸惑った。
 今まで、誰も。
 誰も、言わなかった、事。

「わけのわからない…ねぇ…」
「何だよ、お前には分かったのか?」
「うーん…分かるとは言わないけど、分からなくはないね」
「………………お前がわけ分からねぇよ」

 ぶすっと頬を膨らませる風祭。
 怪我人の腕にさらしを巻き付けながら、そうさねと桔梗は笑った。

「龍斗さんのあれは多分、一種の武士道さ。そんなのと無縁なあたしが完全に理解するなんて出来やしないよ」
「ブシドー? あいつは武士じゃねぇじゃねぇか。俺と似たような無手の体術を使ってたぞ?」
「単純な脳味噌だね坊やは…あたしが言ってんのは、精神の話さ」
「何っかムカツクなお前…じゃあ何か?その武士道ってのには敵の死を笑うなっつー決まりでもあるのかよ」
「そんなもんありゃしないよ。武士道なんてモノに決まりや形はない。だから理解が出来ないのさ」
「じゃあ誰にも分からねぇじゃねぇか!」
「だけど天戒様には分かった」
「う…」

 文句を言い連ねようとした風祭の口が空いたまま固まる。

 そう、誰もが戸惑う中で、冷静だったのは鬼の頭目ただひとり。食い掛かろうとする風祭を制し、男の言葉を静かに肯定したのも、彼だ。

『我らは鬼だが、外道であってはいかん』

 その違いが、少年には分からなかった。同じだ。鬼も、外道も。人を殺す。それだけだ。
 それだけの筈、なのに。

「うがぁぁぁああ! 何ってややこしい!! くっそうアイツめ! 余計な事言いやがって!!」

 考えるのが面倒臭くなって、切れた。
 寧ろ考えても分からないので、止めた。

「要するにあんたは龍斗さん自身が気に食わないだけなんだろう?」
「そう! そうなんだよ!!」
「でも天戒様はどうやら龍斗さんを随分気に入ったらしいよ。何か通じるものがあるんだろうね」
「ぬうううう………」
「まぁ、いい男だし、あたしも好きだけど」
「お前な!」
「どっちにしろ、決めるのは天戒さまだよ。坊やがとやかく言う事じゃない」
「だけど!」
「大体ね、龍斗さんを追い出すだの、殺すだの、天戒さまに出来る筈がないのさ」
「? 何でだよ」
「龍斗さんには傷がある。ここにいる村人と同じような、傷がある」

 治療の済んだ村人を追い払い、道具を片付けながら、桔梗はふと息を吐く。流石に少し疲れたのか、己の肩を拳で叩きそっと空を見上げた。

 白い、月が浮かんでいる。
 淡い光を儚げに撒きながら。

 ふと、あの雨の中、男が見せた表情を思い出した。

『そんな、バケモノ見るみたいに、見ないでよ』

 次に浮かんだのは酒の席。

『大切なものなら、もう失くした』

 笑っていた。
 どちらの顔も、浮かんでいたのは笑みだった。
 確かに、笑っていたのに。

 今思い返しても、あれは――――――、

「その傷がどれくらい深いのか分からないけど、あんな風に、泣きそうに笑う人間を、天戒さまが放って置ける筈ないじゃないか」

 そうあれは、泣き顔だった。

 泣き顔のような、笑みだったのか。
 笑みのような、泣き顔だったのか。

 どちらでも、いい。
 どちらでも、同じだ。
 この村の頭目にとって、それらは手を差し伸べるべき者に他ならない。

「…ちぇ…結局お人好しだもんなぁ…」

 ぐ、と背を伸ばして風祭は桔梗に背を向けた。現場も落ち着いたし、屋敷に戻ろうとしているのだろう。その背に向けて、桔梗は嬉々と声を掛けた。

「納得したかい?」
「するか! 何時か必ず追い出してやる!! 俺はあいつなんか大嫌いなんだ!!」
「何でさ」
「そりゃぁ!! ………………………………………………何で、だろう」
「知らないよ」
「…………?」
「…………」

 沈黙が訪れる。
 やがて首を捻りながら屋敷に消えてゆく風祭を最後まで見送った桔梗は、耐え兼ねたように高らかに笑い声を上げた。















桔梗と風祭
それぞれ思うところアリ。