――――――――――――――
My dear...





「四月十二日……はて…何の日だったかな…」



 エクアドル共和国、奥地。

 ここはエクアドルの中でもオリエンテと呼ばれる高温多湿の熱帯ジャングルだ。年間を通して降水量が非常に多い。手付かずの自然が多く残されていて、珍しい動植物や昆虫などの宝庫でもある。また、外界と接触を持たない原住民も生活している地球規模で見ても非常に貴重な区域なのだ。
 そんな密林の奥で、俺はマシンガンを片手に日付表示のある腕時計を睨むように見つめていた。
 今俺は、このジャングルの中にあると思しき古代遺跡へ向かう途中である。出来る事ならこんな壮大な自然の中、物騒なものなど振り回したくはないのだが仕方が無い。同じ遺跡を嗅ぎ当てちまったレリック・ドーンとばったり出くわしてしまったのが運の尽きだ。奴等を攪拌させる為に別の道を行ったあいつは無事だろうか。いや、こんな下っ端連中にやられちまうような軟なバディは必要ないし、あいつがそんな殊勝なたまではないのは俺が一番よく知っているのだが。
 それにつけても、今日は何の日だったろう。俺は首を捻った。こんな仕事を続けていると日にちの感覚が可笑しいほどに狂ってくる。現に俺は今が四月である事を初めて認識した。ついでに言うと、西暦何年かは、もっとわからない。H.A.N.T.を見れば分かるんだろうが、普段は気にしてないから視覚から入っても脳がスルーしてるんだろうな。そんな大雑把な俺の頭に、今日の日付だけが妙に引っかかったのだ。きっと何かあるのだろう。しかしその何かが、どんなに考えても分からない。 後であいつに聞いてみようか。でもあいつも大概大雑把な所があるから、わからないかもしれないな。
 そんな事を考えている間にも一人、また一人と、潜んでいるレリック・ドーンの雑魚たちを倒していく。勿論、殺しはしない。動けなくなる程度に痛めつけてその辺の樹にふん縛るだけで十分だ。何せこの連中、型通りの動きしか出来ない戦争のド素人だ。その程度の腕で俺にゲリラ戦を挑むなんて十年早い。
 高い樹木の上から狙撃してきた奴をナイフを投じる事で叩き落して、また縛り上げる。するとそいつが悔しげに呻いた。どうやら意識はあるらしい。

「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど、今日が何の日か、知ってるか?」

 一か八かで聞いてみた。

「何のだと?貴様に負けた屈辱記念日だ!」
「いやそんなもん記念にすんなよ…」

 案の定役に立たなかった。うーん…万国共通のイベントがあるわけではない、という事か…。

「後は…そう。別れた彼女の誕生日だった。あれは一昨年の今日…」
「聞いてねぇよそんな事は」

 がっくりと肩を落として脱力する俺の意識の隅っこに、とある単語が引っかかった。

「……………誕生日…?」
「そうだ誕生日だ。俺はその日彼女から欲しいと強請られていた指輪を手に…」
「誕生日……四月十二日……?」
「だが待ち合わせ場所に彼女の姿は無く…」
「あああああああああああああああああああああ!!!」
「そう俺は叫んだ!何故だ!あれほど愛していたのに!!」
「何だかよくわからないけどありがとう礼を言う!!君の彼女にもヨロシクと伝えてくれ!!それじゃ!!」
「待て!貴様人の話は最後まで聞いていけーーーーーッッ!!」

 俺は走った。もう気配を殺すとかそういう気遣いは一切無く、進路を邪魔する茂みや枝を乱暴に払いながら、目的地である遺跡に向かって一直線に走った。そこが合流地点だ。事前に頭に叩き込んだ遺跡所在地の座標まで、あと少し。
 H.A.N.T.が告げた。
『You arrived at a destination.』
(目的地に到達しました)
 そしてそこに、見慣れた背中を発見する。



「―――――甲太郎!!」



 背中が振り向いた。俺の姿を見つけると咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けて、そいつは少しだけ笑う。
 片手を軽く挙げて、柔らかく目を細めるその仕草が俺は結構好きだった。全力で走るその勢いのまま、好きだと思った姿に向けて飛びつ――――――――こうとして失敗した。
 猪の如く突進した俺の体はひらりと交わされ、オマケのようにがら空きになった背中にそれは見事な回転蹴りを食らわされる。

「酷ぇな甲ちゃん!!何て事すんだよ!!」

 思いっきりぶっ飛んだ先で俺は蹴られた背中を擦りながら起き上がった。かなり痛い。つーか無事か俺の脊椎。
 喚く俺に加害者は何処吹く風で、新しい煙草に火をつけている。ぷかりと煙を吐き出しながら、しゃあしゃあと言い放つ。

「自分の身を守っただけだ。大人しくランサルセなんざ受ける趣味は俺には無い」
「しねえよそんなマニアにしかわからんプロレス技!!抱きつこうとと思っただけだろ!!」
「あんな勢いで飛びつかれる俺の身にもなれ。上からモツが出たらどうしてくれる」
「根性で受けろ!俺の愛だ!」
「そんな迷惑な愛はいらん」
「酷い!体だけが目的だったのね?!」
「さて、そろそろ行くか。奴等の増援が来る前に終わらせようぜ」
「あっさりスルー!!このボケ殺し!!」

 これが仮にも恋仲である相手に対する態度か?!冷たい!冷たすぎる!キィーッと、懐かしい誰かさんの真似をして嘆いていると実に冷ややかな視線で見られた。

「俺はいいぜ?お前が望むなら幾らでも甘やかしてやるよ」
「いえ結構です遠慮しますスミマセンでした勘弁してください」

 素で拒否。擽ったいというか、居た堪れないというか。兎に角恥ずかしいので勘弁して頂きたい。見ろ、想像しただけでチキンスキンだ。

 ブツブツと口の中で文句を並べながら立ち上がり、呆れ顔の甲太郎の横に並ぶ。

 煙草の匂いがした。かつての花の匂いは、もう少しも残ってはいない。そういえばあれからどれだけ時が過ぎたんだっけ。それすらも分からなくなってる自分の感覚に苦笑して、俺は甲太郎の咥えている煙草を取り上げた。
 おい、と眉を顰めた奴の唇に、掠めるように、口づける。
 当然、大きく目を見開いて絶句している甲太郎に、俺は声を上げて笑った。

「――――Happy Birthday. My dear best partner!」

 ああそれそれ、その顔。言われた意味を全く理解出来てない顔。俺お前のそういう顔大好き!
 甲太郎は本当に今日この日に気付いてなかったのか、ぽかんと口を開けたまま固まっている。ケタケタ笑い続ける俺にやがて正気を取り戻したのか、慌てて俺の腕を掴み上げた。時計の日付を確認して、漸く納得の吐息を吐く。

「………そう、か。今日は十二日なのか…」
「そうよー。甲ちゃんの生まれてきてくれた日でしょ」
「すっかり忘れてた…」
「あははー。甲ちゃんたら素ボケー」

 とは言っても俺も今の今まで忘れてたんだけどね。素直に白状する。だけど甲太郎は怒るどころか、珍しい事に声を立てて笑った。

「お前は、そういうイベント事にとんと無頓着だからな。俺の誕生日だって、よく覚えてたもんだぜ」
「うん自分でもそう思う。でもゴメン、甲ちゃん今年幾つ?」
「……そこは覚えてないのか」
「ふふん。自分の年齢すら数えてない俺を買い被って貰っては困る」
「自慢げに言う事か」

 甲太郎が楽しげに笑ってる。もしかして、少しは嬉しかったのだろうか。だとしたら思い出してよかった。思い出せてよかった。なけなしの俺の記憶力に拍手喝采を送りたい気持ちだ。そして名前も知らないレリック・ドーンのふられ男君、ありがとう。彼女とよりを戻せる事を祈っているよ。

「改めて、誕生日おめでとう。大好きだよ、甲ちゃん」

 ばしり、と肩を叩くと甲太郎の表情が苦笑に変わる。何だ?と首を傾げていると俺の腰にするりと腕が回ってきた。どういう意味だそりゃ。不審に眉を顰めたら甲太郎は至極真面目な顔で、こう言った。




「全力で甘やかしてやる。探索が終わったら、覚悟しておけ」




 ………。
 …………。
 ……………。







 ……とりあえず、憤死しない程度にしてくれると、嬉しいです。










目標はあっさり微糖。
…………何処に糖分が。
とりあえず誕生日おめでとう皆守ー。


05.04.12